【弁護士に学ぶ詐欺被害】個人事業主として申し込んだらクーリング・オフはできない?
2024.08.05 | 大地総合法律事務所
登場人物
佐久間先生
優しい弁護士。小さいころから夢は弁護士。
事務局さん
新人事務局。小さいころの夢は学校の先生。
先日、ご相談者から頂いた質問です。
ネットで副業を探していて、『スタンプを押すだけで1日1万円』という広告を見つけたので、その広告からSNSの登録をしました。
SNSでマニュアルの購入と初回サポート電話の予約をして、サポート電話を受けたんですけど、仕事内容が転売だったんです。
やったことないしそんなの無理って思ったんですけど、電話口の人から有料のサポートプランを勧められて、「このサポートプランを申し込めば稼げる」「プラン代以上に稼げるから損しない」って言うんで申し込んだんですが、やっぱり怖くなって辞めたいって言ったんです。
でも、「個人事業主として契約しているから、クーリング・オフはできない」って言われました。どうしたらいいですか?
今日は、この質問について解説していきます。
個人事業主ってなに?
個人事業主だからクーリング・オフができない…。そもそも「個人事業主」ってなんですか?
そこから説明しましょう。個人事業主とは、「個人」で「事業」を行っている人のことを言います。
なんでわざわざ「個人」と言っているのかというと、法律の世界では「法人格」というものが存在しているんです。それと分けるために「個人」と言っています。
では、「事業」とはなんでしょうか?
「事業」とは、「一定の目的をもってなされる同種の行為の反復継続的行為」だと解されています。
なるほど…。つまり個人事業主は、「一定の目的をもってなされる同種の行為の反復継続的遂行行為をする個人(法人ではない)」ということですね。
…言葉が難しすぎる。かみ砕いた意味がない。
例えば、友達に一回だけお金をもらってお弁当を作った場合は個人事業主ではないですが、色々な人に毎日お弁当を売っていたら個人事業主ですね。
なんとなくイメージがつきました。
消費者契約法上だと、個人事業主も事業者とされているってことでしょうか?
消費者契約法上だと、「事業者」と「消費者」の定義はこうなっています。
消費者契約法
第1章 総則
(定義)
第二条 この法律において「消費者」とは、個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く。)をいう。
2 この法律(第四十三条第二項第二号を除く。)において「事業者」とは、法人その他の団体及び事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人をいう。
これを見る限り、個人事業主は消費者ではなく事業者に当てはまりそうですよね。「事業として又は事業のために契約の当事者となる場合における個人」ですもんね。
そうですね。
わかりましたよ、なぜ個人事業主だとクーリング・オフができないのかが!
なんで個人事業主はクーリング・オフができないと言われたのか
え、ここでわかりましたか?
クーリング・オフは特定商取引法で定められているものですよね。
特定商取引法は「消費者」と「事業者」の法律だと思いますが、個人事業主は事業者なので、事業者間契約にあたり、特定商取引法が使えないから!
残念、違います。
自信あったのに!?
そうじゃないかなあとは思いましたが、やはり消費者契約法と混ざってますね。
特定商取引法において、当事者が「事業者」なのか「消費者」なのか…つまり「消費者契約」かどうかは関係がありません。
ええ!?
消費者契約法が当事者の属性(消費者なのか事業者なのか)を前提として「消費者契約」かどうかで適用の有無が決まるのに対して、特定商取引法は「消費者契約」かどうか、つまり契約内容については抜きにして、「該当する取引類型かどうか」で適用の有無が決められています。
なので、特定商取引法の中に、「消費者」の定義はされていません。「事業者」も同じです。定義がされていません。
なので、「個人事業主は事業者だから特定商取引法が適用されない」は違うんです。
では、なぜ「個人事業主だからクーリング・オフできない」という反論がくるんでしょうか?
「個人事業主だから、『消費者契約法は』適用されない」ならまだわかりますけれど。
恐らく、特定商取引法における適用除外について言っているんでしょうね。
特定商取引に関する法律第2章
訪問販売、通信販売及び電話勧誘販売
第5節 雑則(適用除外)
第二十六条 前三節の規定は、次の販売又は役務の提供で訪問販売、通信販売又は電話勧誘販売に該当するものについては、適用しない。
一 売買契約又は役務提供契約で、第二条第一項から第三項までに規定する売買契約若しくは役務提供契約の申込みをした者が営業のために若しくは営業として締結するもの又は購入者若しくは役務の提供を受ける者が営業のために若しくは営業として締結するものに係る販売又は役務の提供
特定商取引法には適用除外が複数ありますが、恐らく電話勧誘販売にあたりますのでこれですね。
この条文はかなり長いんですが、必要箇所だけ抜粋しています。
ここではつまり「営業のために若しくは営業として締結するもの」は特定商取引法における訪問販売、通信販売、電話勧誘販売の適用はされないですよ、ということですね。
そうですね。
なぜ個人事業主だとクーリング・オフができないと言われたのか…これでわかりますか?
わかりました!
そもそも、仕事の内容が転売で、そのノウハウを教えるという契約でしたよね。つまり「営業のために若しくは営業として締結」したものでしょ、だから特定商取引法の適用除外でクーリング・オフは使えないよ、と言われたということですね。
正解です。
やった!
では、次の問題です。それって正しいんでしょうか?
個人事業主はクーリング・オフができないのか
え?…でもそう言われたんですよね?内容ももっともらしいですし…。
正しいかどうかは分かりませんよ。
「営業のために若しくは営業として締結」しているから特定商取引法は適用されない、というのは表面的な解釈と言わざるを得ません。もう少し実質的に見ていく必要があります。
法の趣旨に照らせば、仮に、契約の相手方となる消費者に金銭を稼ぐなどの利益活動 を行う意思があったとしても、そのことのみをもって「営業のために若しくは営業として締結するもの」に直ちに該当すると解されるものではない。「営業のために若しくは営業として締結するもの」に該当するかは、契約の対象となる商品又は役務に関する取引の種類、消費者が行おうとする利益活動との関連性や目的、消費者が契約の対象となる商品又は役務を利用した利益活動に必要な設備等を準備しているかなどの事情を踏まえて、当該消費者が当該取引に習熟していると認められるかどうかを総合的に検討する必要がある。例えば、利益活動を行う意思のある消費者が情報商材を購入した場合において、消費者の購入しようとする情報商材の内容が一般的なものではない、消費者が行おうとする利益活動が社会通念上事業の遂行とみられる程度の社会的地位を形成していない、消費者が契約の対象となる商品を利用した利益活動に必要な設備等を準備していないといった事情を踏まえて、当該消費者は当該取引に習熟しているとは認められないのであれば、「営業のために若しくは営業として締結するもの」に該当せず、適用除外に当たらないと考えられる。
(特定商取引に関する法律等の施行についての通達)
これは、特定商取引に関する法律等の施行についての通達です。
「通達」とはなんですか?
通達とは、上位の機関が決定したことを下位の機関に文書で知らせることです。下位の機関はこれを基準に対応していきます。
つまり、行政庁は通達に従って法を解釈することになります。なので、裁判で争いになった場合、通達を法解釈の一つの要素とすることが多いんです。
なるほど…。では、法律と同じくらい判断する際に重要になるんですね。
この通達では、『契約の相手方となる消費者に金銭を稼ぐなどの利益活動を行う意思があったとしても、そのことのみをもって「営業のために若しくは営業として締結するもの」に直ちに該当すると解されるものではない。』とありますね。
その通りです。
今回の相談者に関して言えば、転売について『やったことないしそんなの無理って思った』っておっしゃっていますね。
つまり、『当該消費者は当該取引に習熟している』とは認められない…?
そうですね。その可能性は大いにあります。
そうですね。その可能性は大いにあります。
そもそも、事業者側のはたらきかけでその「営業」とやらをしているわけですから、知識も経験も購入者側は無いわけですよね。取引についてきちんと是正を行わないと、特定商取引法の目的が達成できません。
なるほど…。
他に、このような判例もあります。
※大阪高判平成15年7月30日
自動車販売業を営む株式会社Aが消火器薬剤充填契約を行った件について、A会社は各種自動車の販売・修理等を業とする会社であって、消火器を営業の対象とする会社ではないから、消火器薬剤充填整備、点検作業等の実施契約が営業のため若しくは営業として締結されたということはできないとして、本件契約のクーリング・オフを認めた事例
株式会社Aは明らかに事業者ですが、クーリング・オフが認められています。
「事業者だからクーリング・オフは使えない」というわけではないということですね。
わかりました!
まとめ
個人事業主だからクーリング・オフできないと言われた冒頭のご相談者様もあきらめる必要はないってことですよね!
そうですね。
これから、もし契約でトラブルに巻き込まれたら、「通達!」っていうことにします!
うーん…「通達」だけじゃ伝わらないんじゃないでしょうかね…。
えー!
先ほども言いましたが、特定商取引法が適用されるかどうかは実質的に見るべきです。案件に即した判断が必要になりますから、まずは僕に相談してくださいね。
そうします!